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《(市原市平蔵の)素掘隧道兄弟》 【6:真相は謎のまま…】

探訪日:2009. 7.14
提出日:2009. 7.27
 
一番初めの探索(このレポート3ページまで)からちょうど一ヶ月後に、「また現地に行きたい(ハートマーク)」と思ってしまいました。
その理由は…2009年2月3日に、この平蔵エリアにかつてはつの隧道が存在していたのでは!?という情報をいただいたからなんです。
しかも、いただいた情報は文章等だけではなく『この辺りを昭和49年(西暦:1974年)に撮影した航空写真』でした!!
それだけではなく、それに『平成になってから撮影された航空写真』を重ね合わせた“スーパーミックス合成航空写真”まで作成して下さる徹底ぶり
ハイ、情報提供者は…知る人ぞ知る(もう既に有名人!?)隧道ホルダーのあの方です。いつも本当にお世話になっています。
残念ながら…著作権等の問題もあると思いますのでそれらは掲載出来ないので、その代わり昭和49年の航空写真へのリンクを2種類張りました。
既にご存知な方もいらっしゃいますと思いますが…私はこれを伝授いただいた時には目からウロコ状態でした。
国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム』や『航空写真画像情報所在・案内システム』(CKT-74-14_C2B_C8)の中央から右辺りの道にご注目。

実は、その3つの隧道のウチ2つはこのレポート3ページまででご紹介した隧道だったんですけど…では残り1つは何処に在るのだろうか…???
ところが…『平成になってから撮影された航空写真』では、残り1つの隧道は“明らかに開削されて消滅”している様に見えます。(ToT)/
そんな訳で、“穴を楽しみにしている”方には申し訳ないのですが…このレポート後半戦はとうとう入洞シーンは無いまま終了になります。

しかし、平蔵地区と小草畑地区を結ぶこの道には“かつて3つの隧道が在ったのかも?”と胸がときめいたのでタイトルは“兄弟”としました。
その『素掘隧道兄弟』の『三男』を探すべく、今日は右の航空写真では[+]の辺りで某ゴルフクラブの入口に居ます。
ハイ、ここを通った事がある方はもうお分かりだと思いますが…正面の下り勾配の先辺りで、かつては隧道が口を開けていたんでしょうね。
画像は右の航空写真で左下(南西)に向かって撮影しました。あっ!もちろん今回は動きますので拡大・縮小や移動しまくって下さいませ。
そうはいっても…冬の探索から数ヶ月も経ってしまい気が付けば初夏になってしまいました。だから草木が元気になっています。

まぁ一応…隧道が在ったらしい場所を歩いてみましょうか。

たぶん昔は…
画像左の電柱の辺りは徐々に掘割になり…
下り勾配になる頃には穴に入って…
こんな急勾配で下る隧道~!
そしてこの辺が出口~!

スピードがどんどん出る出る~♪
あ゛あああぁぁぁ~!
キャー!カーブだぁ~!
誰か止めてくれぇーーー!


(そのまま正面の茂みへ…。)
以下、お見苦しい姿なのでカット。
あぁ…痛たた…(XoX)

あぅ……ち…ちょっと衝撃を受けて頭の調子が良くなったみたいなので、気を取り直して現在地は…右の航空写真で[+]の辺りになります。
一段上の画像で左側に『幅員減少』の標識が立っていますが…今はそれを裏から見ている事になります。
あれ?『幅員減少』っていっても、その標識の先はそうはなっていないんですけど…。(航空写真でも確認出来ます。)
その航空写真を右上へスクロールすると切り割りが見えてきますが、そこを一気に下った事になる訳ですネ。

さて…その切り割りで開削される前は、こんな感じで隧道が在ったものと想像しました。
ピンクが隧道でウォーターブルーが道です。
《画像にマウスカーソルを重ねるかクリックするとピンクウォーターブルーが消えます。》

かつてこの道には3つの隧道兄弟が居て、そのウチの三男がここに居たらしいです。
しかし、トンネルはトンネルでも…
もしかしたら…“緑のトンネル”だった可能性も在る訳ですよね!?今更ナンですが…
兄弟”だったという確証は現地でも得られてないんですけどタイトルはそうしました。
(そうだったらイイなぁ…って想いで。^^;)

ハイ、ではここで平蔵地区のまとめとしてYAHOO!地図に『素掘隧道兄弟』の位置関係を書き込んでみました。
《上の航空写真にマウスカーソルを重ねると地図モードになります。スクリプトが嫌いで無効中な方はクリックすると別に地図を出せますヨ。》
地図モードは昭和49年の航空写真と一致して描いてあると思うのですが、三男の左下の道筋だけが真っ直ぐになっている感じです。
49年当時はもっとカーブしていたハズでしたよね!それ以降の道筋ですか?(それ以外の道筋は昭和49年航空写真と同じだと思います。)
因みに…長男の右下には以前のレポート『市原市平蔵の廃隧道』があります。今回は『従兄弟』という事で、一緒に舞台に立ってもらいました。
ところで、このレポートのタイトルではこの兄弟全て素掘のつもりなんですが…実際はそれも謎のままでした。(三男だけイイ服は着てない筈。)


♪無事に残った長男  ♪見事に削られ三男  ♪なんとか片側次男(次男♪)  ♪平蔵兄弟!(チャンチャン)




詳しい地図で見る ←動く地図はこちら
最後にオマケというかなんというか…気になっていた所をお見せします。
画像は右の地図で[+]の辺りを右上(北東)へ撮影した事になります。(2009年1月5日11:30~撮影。)
ハイ、もう場所はお分かりだと思いますが…ここから左へ入ってあの『ミラーが無くなった元カーブミラー』の所へ続く道が気になるんですよね…。

このフェンスの奥は…
先ほどの地図で[+]の辺りから右下のゴルフ場へと続いている道になります。
そしたら、当然後ろを振り返る訳ですが…

正面にはタダ藪が笑っている…。
近づいて見ても…
道が在った形跡は全く無いじゃんかYO!

この辺りも痛い植物が多かったので、これ以上藪の中には進みませんでした。

もしかしたら…
道はここよりもっと上だったのでしょうか?
そうなると、ここから上に凹形が見えても良さそうなんですけど…。

このレポートの全ての始まりは…
1ページで自動車を止めたこの場所。

夏(2009年7月14日撮影)ではご覧の様な状態です!もう何だか判りません!
結局、この6ページ作成現在でも全容は解明出来ずにゴメンナサ~イ。m(_ _)m


因みに、2012年の冬に再訪してみたら…
更に荒れていて…
あの奥に捨てられたTN-V軽トラックは、形がくずれ…谷に落ちそーになってました。
あああ…名車が……(ToT)
 
気が付けば…隧道(トンネル)という穴に入ったのは最初の3ページ分だけで、その後は“入洞”していないのに6ページまで伸びてしまいました。f^^;
とりあえず『平蔵の兄弟』は一旦、完結とします。長らくのご覧下誠にありがとうございます。お出口は左下(このサイトのトップページへ戻る)です。
 
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