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《君津市二入の隧道》(名称不明)

探訪日:2008.11.23
提出日:2009. 1.16
 
目的物件の地図
上のYAHOO!地図以外の地図サイトはこちら⇒【Googleマップ】【Mappion】【ウオッ!ちず】
 
ちょっと古い道路地図で君津市二入の辺りを見ると、国道465号から房総スカイラインへ向かって怪しい点線と共に隧道の記号が…
しかし、何年か前にちょこっと探してみたけど隧道へ行くだろうという道すら見つかりませんでした。あげくは人様の敷地に入ってしまうし…
YAHOO!地図(このページの上をどうぞ)やGoogleマップを見ると、隧道の南側坑口しか描かれていないし…
航空写真モードで見ると、その周りの地形の緑が薄くなっているし…南側坑口の記号の近くまで緑の並び方が他とは明らかに違っています!
どうも地図と航空写真とでは道の位置がずれている気がするし…もしかしたらここ十数年の間にこの土地に大きく手が加えられたのでしょうか?
もう隧道は入り口の道と一緒に消滅してしまったのでしょう…。それともそもそも地図の誤植じゃないかしら?
そう思って忘れていましたら…毎度お世話になっております『学生服のヤマダ』氏から有力な情報を頂きました!さぁ…現地に出発!

という訳で左の画像の場所に着きました。
上の地図で最初の[+]の位置から真っ直ぐ下(南)へ行って国道465号線に出た所を西(君津方)に向かっての撮影です。
☆説明が判り難いという方はこの地図をどうぞ。撮影者は[+]の辺りです。

左の地図は「学生服のヤマダ」氏からいただいたこの辺りの昔の地図です。
ピンク色に印を付けた場所に隧道記号がバッチリありますね!
上の画像の軽トラックの様に、今現在は国道465号線で君津方面へ行くには当たり前の様に皆ここを西へ直進していますよね。
ハイ、そうなんです!
左の地図から判る様に…
昔はここを右へ曲がってその先の隧道を抜けて、現在の房総スカイラインの辺りの山を抜けるのが本当のルートだったんですね。

国道465号線を西へ(君津へ)向かいながら昔の道の通りに右へ曲がるとこんな感じ…
画像左の家はその当時から…ではなくて建て直し時にレトロ風にした様です。当時はこんな家々が立ち並んでいたんでしょう。

左の画像の所まで来ました。右の地図で[+]の辺りでしょう…あれれ?何だか地図と航空写真でのズレはここから始まってますね。

近づいてみるともう早速正面の道が気になりますよね!
紙媒体の地図ではここを直進でしたけど…ネット地図だとやや左斜めに直進です。
航空写真を見ながら地図を描くとそうなりますよね。その畑の道がそうなっているし…
やっぱり道共々に消滅?と思って久しぶりに現地に来てちょっと拍子抜けでした。^^;
何年か前にここに来た時には、正面の道なんて全く判らない状態だったと思います。
では、紙媒体の地図より精度が高いと思われるネット地図の通りに行くと…
やばいやばい…明らかに人様の土地へ!?
記憶が正確ではないんですが…
当時はどう見ても正面に道の址は無く、藪か建設廃材などが捨てられている森くらいにしか見えなかったと思います。



その怪しい道へ直進すると…
以外にもイイ状態じゃないですか!!
遥か向こうに青い服の人ぽいのが…
ハイ、私です。

お…おぉ…あらら…
やっぱりこれは道であって、この道がそうなんだろうか…あっ!法面ぽくない?
とか確信してきた時になんとなくそんな風陰気になってきて左へカーブ…
この辺に先ほど私はつっ立てました。

おっしゃ~!!
(思わずガッツポーズ。)

想像していたよりも
大きめな穴が
ど~ん
と空いてました。
地図の通りならば、この坑口は南向きになっているハズなんですけど…この様に実物は南東か東南に向いている感じに思いますが、以後は地図のとおりに南口とします。

坑口の大きさが判るような画像が無い…
あった、あった!左の画像なんですけど。
坑口の前で壁にライトを照らしてる怪しい人が私なんです。(壁に穴を見つけまして…)
ご参考までに私の身長は170cm(ウソつけ!169cmでしょ。)です。
モデルが悪いのでボツにしようと思ったのですが、いつの間にか撮られていた画像がこんな形で役に立つとはねぇ…。

南口(東口)の天井がやたら高い理由は…
昔の千葉県独自の技法で「日当たりの良い方向の坑口を大きくして、外の光がなるべく隧道の中の方まで入る様にして旅人を少しでも安心させる為らしい…」と聞いた事があったのですが、たぶんここも同様でしょう。

内部は崩落や水溜り・水没も無く綺麗です。
延長の半分位まで高い天井になってます。

中に入って振り返るとこんな大きさと形。
最大高さは6m位はありますでしょうか。

今日はひろキティも一緒です。
壁にライトを当てて注意深く見てます!
私はいつもの仕返しにひろキティの頭を照らしてます…私より早く髪の毛ハゲろ~

その時、洞内左に穴みたいな影が…
おやっ!洞内分岐なのか?

こうしてカメラを向けます…
(なんかへっぴり腰ですけど。)
その穴は隧道の洞床より50cm位高い位置にあるんですよ。

その穴の中です。
職人さんが綺麗な四角に彫った感じです。
手前の畳がもの凄く風化して何だか触りたくない~し、中はカビ臭い…
画像に点々と見える(見え難いかも)黒いのはカマドウマさん達です。
ストーブも布団も色々あります。
かつてはここに住民が…?
でもこの部屋には畳二枚位で十分でしょう。
いや、ただの倉庫だったんでしょうけど。

北というか…北西か西北の坑口です。
ネット地図ではこちらの坑口は何故か描かれてないんですよね。(2009年1月現在)
自宅でネット地図を見た時、こちらの坑口が崩れて閉塞してしまっているのだろうか…
と変な期待もしてしまいましたけど^^;

北側(北西でも西北でも以後は北に統一します。)坑口の壁にも特徴がありました。
それは、左の壁は波打った感じになっています。
そして、右の壁には落書き(落彫り?)やここへ来た人々が記念に彫ったと思われる文字なんかがちらほらありました。

その落彫の中に「昭和61年12月24日」と読める文字列を発見しました。
もしかしたら21日かも知れないですが…
《画像にマウスカーソルを重ねるかクリックするとと判りやすい画像が出ます。》
他の絵柄などは判り難いので割愛します。

これを彫った方、覚えています?
やはり皆さん同じ様な時期に隧道に来るのだろうか…。
こういうのを彫るというくらいなので、ここは当時も既に廃隧道だったんでしょうね。

ハイ、外に出て振り返って見た北側の坑口です。

その先は、右にカーブしてます。
地図上では隧道は南北に貫通している様に見えますが、実際はちょっと隧道の角度がずれている感じですね。
この様に両坑口の先が対称なカーブになっているのでそれでヨシ!なんでしょうか。

道はその先で急に竹林化しています。
痛そうだし…この先に隧道も無いでしょうし、この辺で退散します。

上の画像で右側に白いのが見えますよね。
ズームしてみると廃車の不法投棄!昔は自動車も当たり前に通っていたんですね。

おっと…そうだ、帰る前にここも…
隧道を抜けて右側に穴が開いていたので覗いてみました。

その穴は2メートル位で行止まりでした。

ここで、この穴と先ほど隧道内にあった変な部屋の真相かな?と思える記事を思い出しましたので参考までにご覧下さい。
強烈ネタが毎回楽しみなこちらのサイトさん…よっきれんさんのこのレポートに。(失礼します、レポの途中ページに直リンクで…)

さて、左の画像は隧道に入る前にガッツポーズした場所のものです。(画像もリサイクル)
ここを右へ登る道っぽいの気になります。

ハイ、ちょこっと行ってみました。

道と思えば道だった様な…
ただの斜面の凹みといえばその様な…
私の勝手な想像なんですけど…
あの隧道が開通するまではこれで山越えをしていたのでしょうか…。
 
このレポートは動画もございます。是非、動画も一緒にご覧下さいませ。(トップページにリンクがあります。)
動画は、光軸やカメラの方向のズレ等があり見難い点もありますが、初期の作品の為どうぞご容赦下さいませ。
レポートはこれで終わりです。ご覧下さいましてありがとうございます。
 
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